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3話 初恋の残像

Author: みみっく
last update Last Updated: 2025-10-20 18:02:54

 カオルは、ポニーテールの毛先を指でくるくるといじりながら、少しだけ冷ややかに笑った。その笑みは、ユウマに向けた優しさではなく、諦めに近いものだった。

「まあ……あんたのこと、嫌いじゃないよ? 昔から一緒にいたし、一緒にいて気楽だし。でも、“恋愛対象”にはならないの。だって、私の理想ってもっと上だからさ。」

 その言葉は、あまりにも決定的だった。それは、これまでユウマが抱き続けてきた、淡い“可能性”の全てに、冷たい蓋をするようだった。

 カオルはユウマに背を向けて歩き出す。夕暮れの風に、制服のスカートがひらひらと揺れ、彼女の背中がどんどん遠ざかっていく。そして、ほんの少しだけ、肩越しに振り返った。

「……いつまでも夢見てないで、現実見たら? あんたには、もっと似合う相手がいると思うよ。それは、私じゃないよ……」

 その一言は、優しさのようでいて、ユウマの心に深く傷を残す、残酷なものだった。ユウマは、ただその場に立ち尽くし、彼女の小さな背中が校門へと消えていくのを、見送ることしかできなかった。

 夕陽が、彼の影を長く長く引き伸ばしていた。まるで、決して届くことのない、二人の間の距離をなぞるように。

 何となく察してはいた。急に素っ気なくなり、俺と距離を置き始めたカオルの様子に、胸の奥がきゅうと締め付けられるような予感が芽生えた。周りの女子たちのひそひそ話も、その予感を裏付けるように俺の耳に届く。

 どうやら、相手はひとつ上の先輩らしい。カオルが以前、嬉しそうに話していた「美形でお金持ちの先輩」という噂の人物だ。そして、しばらくして女子の友達経由で、二人が付き合い始めたという決定的な情報が耳に入ってきた。

 その噂を聞かずとも、浮かれて上機嫌なカオルを見れば、すべてを悟ることができた。彼女は、周りの女子の友達に、少し得意げに、そしてはにかむような笑顔で、新しい彼氏のことを話しているのが聞こえてくる。彼がどれだけお金持ちで優しいか、どこへ連れて行ってもらったか、どんなプレゼントをもらったか。その幸せそうな声が、俺の心に小さな棘を刺していくようだった。

 俺は、最後の告白以来、カオルとは一度も話をしていない。顔を合わせることも避けていた。あの冷たい視線が忘れられなかった。はっきりと、「あんたとはレベルが違うの。顔も、雰囲気も、将来性も。全部、比べるまでもない」と、まるで俺の存在そのものを否定されたかのような言葉。あの時の彼女の瞳を思い出すたびに、もう諦めるしかないのだと、胸の内で何度も自分に言い聞かせた。

 教室で、廊下で、登下校の道で。かつては当たり前だった彼女の姿を探すこともやめた。彼女の楽しそうな笑い声や、苛立ちを隠せない横顔を遠くに見つけても、気づかないふりをして通り過ぎた。それは、自分を守るための、臆病な自衛手段だった。

 彼女の幸せを願う気持ちと、どうしようもない寂しさが、胸の内で静かに渦巻いている。好きだったから、幸せになってほしいと願う。でも、その幸せの中に俺がいないという事実が、胸を締め付ける。季節は変わらず巡り、風は同じように吹き抜けていくのに、俺の世界だけが色を失ってしまったかのように感じられた。

 きっと、この痛みもいつかは薄れていくのだろう。そう信じながらも、ふとした瞬間に、幼い頃に彼女がくれた無邪気な言葉が蘇る。あの時、笑顔で「結婚してくれる?」と問いかけてくれた声。その残像が、諦めようとする俺の心を、何度も揺さぶるのだった。

 昼休み、俺は学校の校舎裏に身を潜めていた。人目につかない薄暗い場所は、一人で考え事をするのにちょうどいい。校舎のコンクリートの冷たい壁に背を預け、膝を抱え込むようにして座り込んだ。

 「はぁ……終わったな……俺の初恋」

 深く、重い溜息が口からこぼれ落ちる。カオルが俺だけに時折見せてくれた、あの無邪気で可愛らしい笑顔。くしゃりと目尻を下げ、花が咲くようにぱっと明るくなるあの表情を、今はもう、その先輩に向けているのだろうか。そう思うと、胸の奥がチクリと痛んだ。

 俺も、もう前に進むべきだ。カオルだけがこの世界にいる女子じゃない。俺も新しい誰かを探すべきだ。そう心に言い聞かせ、無理やりにでも気持ちを切り替えようと試みた。校舎の向こうから聞こえる賑やかな声が、なぜか遠い世界のように感じられた。

 そんな時だった。背後の茂みの向こうから、なにやら男女の声が近づいてくるのに気が付いた。その話し声は、ひそひそと耳打ちするように小さく、まるで周りの目を気にしているようだ。俺と同じように、人に見つからない場所を探しているのだろうか……俺は息を潜め、さらに奥へと身を隠した。

 それだけで、二人の目的は十分に理解できた。人気のない場所に隠れて、甘い時間を過ごすつもりなのだろう。良いなぁ……恋人がいる奴らは。そんなことを思いながら、俺はひっそりと身を隠して気にしないようにした。そんな他人のイチャイチャするのを見たい気分じゃなかった。

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